トラブルを楽しめる豊かさ

こんにちは〜

Blog、note、ここ、もう、何をどこに書けばいいか…

整理したはずなんだけど、分からなくなったので….

取り敢えず、ぱっと開いた所に書きます(笑)

この記事を誰が読むかなんて分からないのですが、そういう偶発的な出会いこそ大事じゃないかと…

昨日、日が落ちて簡易ライトでトレーニングするんですが、終わる2分前にプチッとライトが切れました…

充電器の調子なのか?

接触的な問題になのか?

取り敢えず、残った2台であるのですが、暗くなったピッチ内….

何故か子どもたちのテンションが上がり、そんなにプレー中声も出ないのに、急にみんなで声かけて楽しんでました(笑)

実はこれ、2回目で…

子どもたちがトラブルが起こった時に、やっぱりこうやって楽しめたり、不便さを対応したり、そういう力って大切だよなぁと改めて感じました。

そりゃ、便利で何も不自由なくその場に要られることは、ある意味楽です。

でも、楽が無い不便さや不自由さから生まれてくる発想、アイデア、思考、意図、協力、色んな楽しめるものを見失っているんじゃないかなぁと最近思います。

子どもたちの自由さは昨日も書いたけど

不便や不自由さ、ある意味のトラブル、そういう時に思考が停止する子、他者責任として非難しだす子、動けなくなる子、であっては、今からの多様な社会に止まってしまうんじゃないかな?と、思います。

楽させたいから、良いと言われる職につくため、そのために良いと言われる大学に入り、大学に入るために高校生活、受験があり、そのために中学生活、受験があり、そのために….

そんな価値観で育ってきたと思われる昭和の私達。

親世代になって、子供にも楽をさせたいからって、そういう思考になってはいけないんじゃないかな?と思うのです。

楽と楽しむは違ってて、楽しむためには不便さや、不自由さ、もしかしたら失敗や苦労、色んな壁が問題、課題として訪れます。

そんな時に、どう対応するか?

そんな力を持たせてあげるのに、少しの不自由さ、少しの制限があるのも良いような気がします。

昨夜、電気が落ちた後の子どもたちのテンション、残り数分の時間暗くてもやるってプレーする意思、見えにくい中工夫していく姿、こういう事だなぁと感じました。

子育てや我々みたいな活動で得てほしいことは、こういう事なんじゃないかなぁと思います。

不便だから、不自由だから…

みんなが持っているから?みんなやっているから?どこどこはどうだから?何とか君ちはこうだから?

ではなく、その状況の中で自分がどうすれば良いのか?

どうしたら、目標、目的を達成出来るのか?

そういう時の為に、知恵や知識、行動力やコンテクストを読む力、新しい発想、アイデアや思考、それを伝えるコミュニケーション能力、最後まで工夫しながらやっていこうってやり抜く力というかやりたい魅力がそこにあるのか?

僕がやりたいのは、これなんだよなぁと改めて思い、楽しむために色んな制限や不自由さから体感し体験し、学んでいく時間と空間を持ち続けたいなぁと思う。

ではでは!!

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